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コロナ対策だろうが、日々の習慣だろうが、「何のためにやっているのか」考える頭を持っているか?

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コラム
2020年04月24日

コロナ対策だろうが、日々の習慣だろうが、「何のためにやっているのか」考える頭を持っているか?

私たちは「何のためにやっているのか」を忘れがちである。たぶん、そういう教育の中で育ってきたのも、忘れてしまう一つの要因だと思う。何のために、リコーダーを吹いていたのか何のために、一生懸命元素記号を覚えていたのか

何のために、校長先生の話は、真面目に聞かないといけなかったのか

 

まあ、教育において、「何のためか」を堀り下げないのは、そういう人材が育った方が、世の中を動かすのがある程度は簡易的になるからかもしれない。誰もが、「何のためにやっているのか」を考えはじめたら、世の中まわらないことが増えすぎるし、それでは都合の悪い人間がいる。

 

ちなみに私は、スマホゲームをやっていると、突然「何のために私はこんな、レベルアップを目指しているんだろうか」という謎の疑念に襲われて、ゲームをぱたりとやめることがある。そこに「楽しい」などの、自己の幸福感が得られる人はいいと思う。「何のため」がそういう喜びとか楽しさなのは、それはそれで、大事な動機だと思う。少なくとも私は、「何のためにやっているのか」の意味合いや、プラスの感情が生まれる動機がないと、その事象に対して能動的になれない。

 

まあそういう、個人の娯楽とか、仕事のやり方とか、そういうレベルの「何のためにやっているのか」は正直どうでもいい。人それぞれの生き方がある。

 

今回は、新型コロナウイルスに揺れる社会と私たち個人レベルの「何のためにやっているのか」について少し考えてみたい。

 

フィリピンの首都封鎖は、何のためにやっているのか?

 


弊校WEXCELがある、フィリピン首都のマニラは今、新型コロナウィルス対策のために封鎖されている。外出許可証がないと、外に出られない状況で、スーパーマーケットとドラッグストアくらいしか営業していない。

 

この封鎖は、間違いなく、新型コロナウイルスの封じ込めのためだ。医療技術の乏しいフィリピンで、なんとか医療崩壊を起こさないため、感染が蔓延することを恐れてのことだということはうかがえる。

 

また、ドゥテルテ大統領が、なんとか自国が戦場のようにあることを避けたいように、私は感じた。国家予算がギリギリになるまで、とにかくウイルス蔓延を避け、日本よりもはやくに、雇用者への補償や現金配布をおこなおうとしていることは、評価できるのではないか。

 

多少過激でも、結果を出しにいくのが、今の政権だ。一つ日本で誤解されているのようなのが、「外出したら、射殺されるんでしょ?」ということについて。大統領は「規制に対して反抗するものは射殺しろ」と言っただけで、外出したら射殺するわけではないという部分は、誤解を解いておきたい。これでまた、マニラは危険だというイメージがついてしまう。

 

もちろん、何のためにやっているのかわからないこともいくつかある。フィリピンでは、2月上旬くらいから、新型コロナウイルス対策で、建物に入る前の検温が各所でおこなわれている。ガードマンが、モールに入る人全員の額に、体温計を当てて、体温を測る。しかし、表示されるのは、31℃とか、日焼けしている人に当てると39℃とか、どう考えても正確では数字だ。けれども、「もうこれが全土でのマニュアルですので」と言わんばかりの定着ぶりである。

 

余談になるが、マニラの空港では折り畳み傘が手荷物として機内に持ち込めない。これは2019年の7月頃から決まったルールだそうなのだが、世界でもフィリピンの他にあと1箇所でしか実施されていない、謎のルールである。それで没収された経験があるのだが、なぜ持ち込めないのかが理解できない。没収する人も、「これがルールなので」の一点張りだ。毎回、手荷物検査で没収に嘆く人を見かける。
日本の外出自粛要請は、誰のため?

少し脱線したが、話を戻そう。

 

一方の日本でも、外出自粛要請が出たものの、一部エリアでは、あまり変わらない様子もあるという。変わらず出社をしている友人もいるし、飲みに行っているという話を耳にすることもある。

 

外出自粛要請が出たから外出しない、という考えをしてほしいということが言いたいのではない。「何のために」外出自粛要請が出ているか、よく考えてみてほしい。ウィルスを蔓延させないために、自身が無症状でウイルスを保持していて、高齢者に感染させて死亡させるリスクを減らすためだ。

 

また、ただ外出自粛をすればいいのではなくて、自分のリフレッシュのさせ方、感染リスクを押さえて経済を動かす方法など、バランスの取り方について、しっかり自分の頭で考えるべきだ。(これがまた、フィリピンができていない部分でもある)

 

自分の家族が、遊びに出かけていた人から感染させられて、命を落としたら、あなたはどう思うだろうか。

 

さて、これまで育ってきた過程でも、何のためにやっているかわからないことに、もみくちゃにされてきたのと同じように、これから先も、そういう状況下におかれることは多いだろう。トップダウン式で回っている世の中だからこそ、仕事においても、政府の指示にしろ、親や友達に言われたことにしろ、一度は疑ってみてでも、事実に基づく情報と自分の頭で考えるべきだ。

 

場合によっては、トップがもはや、「何のために」やっているのかわからなくなっているというパターンもある。ここでは敢えてコロナウイルスに関するトピックをあげるが、マスク2枚の配布は「何のため」だったのだろうか。どこの世帯にも2人しか人がいないと思ったのだろうか。現金を給付して、マスクを流通させる方法はなかったのか。私は、自身で考えた結果、肯定に値しないと判断した。

 

もしも私の思慮が浅く、未熟故に間違っていて、実は専門家によって科学的に証明された、マスク2枚の世帯に対する思わぬ効力があるのだったら、申し訳ない。

 

時代は進化しているが、私たちがバカになっていいわけじゃない


今回のコロナウイルスにことは、政府にしろ、私たち個人レベルにしろ、誰もが直面したことのない、はじめての脅威だ。

 

しかし、そんな中で、一人一人がしっかりと頭を動かして、考えて、行動することが、コロナウイルスに打ち勝つだけでなく、これからの社会や未来をつくっていくのではないか。

 

今の若い世代は特に、自分の頭で考えられるかが、生きていく上で重要だと思う。

 

年金がもらえなくなるかもしれない。

あなたの仕事はAIに奪われるかもしれない。

考えずにSNSにアップした発言や写真で、人生が終わるかもしれない。

 

生活はいつだってスマートフォンの中、情報はデジタルの文字から、さらに動画に移り変わりつつある。デジタルが便利になったからって、自分の頭が動かなくてよくなったわけじゃない。

 

これは想像力の一歩手前のことだ。目まぐるしく変化する、世の中の動きや、変化をよく知っておくことだけでもいい。もちろん、そこに想像力を働かせて、じゃあ自分はどう動くかを考えられればいいけども。

 

「何のためにやっているのか」については、コロナウイルスを通して露呈したわけではない。前からずっと、色んなところで見えていたことだ。筆者の私だって、完璧にできているとは思わない。ただ、その意識を持って、より一人一人が考える社会になればと思う。

 

自戒の意味も込めて。