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「フィリピン人は明るい」は本当か?

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コラム
2020年04月27日

「フィリピン人は明るい」は本当か?

「フィリピン人は明るい!」

フィリピンに行ったことのある日本人なら、誰もが感じることではないだろうか。もしくは、そう聞いたことがある人も多くいるのではないか。

フィリピン人の国民性といえば、どうも「明るい」「陽気」「フレンドリー」といった言葉がよく並ぶ。確かに私自身も、「フィリピン人って、本当に陽気で明るいなあ」と感じるということは、理解できる。

今回は自殺やうつ病、という観点から、明るい人が多いのか?ということについて考えたい。そして、そう思う私たちの考え方についても目を向けていこう。

東南アジアでトップクラスにうつ病の人が多いフィリピン

フィリピンは、東南アジアでもトップクラスにうつ病の人の数が多いという。約330万人以上の人にうつ病の影響があるという数字が出ている。2017年には、10万人に8人の若者(15歳〜29歳)が自殺した。(参照元:philistar

 

これは経験談でしかないが、私がフィリピンで滞在していた、フィリピン人家庭には、うつ病の娘がいた。20代半ばだが、3年以上仕事をしておらず、薬を服用しながら、家の中で生活し、次のステップについて考えているのだと言っていた。

 

そもそも世界の自殺の79%が低所得国および中所得国で起きている。社会から排斥されることの多い、先住民族やLGBTQの人々の自殺率は高い。さらに、麻薬や家庭内暴力などの取締りも強化されていない中、被害を受ける人が自殺に至るのだという。社会的にもサポート体制が整っていないため、発生数も多い上に、その被害者の逃げ道がないというのが原因と考えられる。さらに、フィリピンでは精神科など、うつ病を患った際に、どこに頼るべきかという選択肢も少ない。

(参照元:philistar
 
うつ病の発生元が、仕事や学校というよりは、麻薬や暴力、紛争など、社会が成熟していないが故に発生することが原因であることが考える。また、患った際にサポートがされる体制も整っていないため、自殺という道に繋がってしまう場合が多くなる可能性が高い。
 
明るい人が多く感じるが、こういう現実が多いのも事実だ。

 

日本では、自殺者全体の数は減っている

若者の自殺が特に深刻で、2015年には、10万人に16人の若者(15歳〜34歳)が自殺している。(参照元:Yahoo!ニュース)フィリピンの約2倍の数字になる。15歳〜39歳の死因第一位が自殺で、事故や病気で亡くなるよりも、自殺で亡くなる人の方が多いという。(参照元:厚生労働省

 

しかし、自殺者全体の数は10年連続で減少している。(参照元:nippon.com)減っているが、世界と比べると、自殺者数は世界14位である。先進国の中ではトップの数字になる。一方のフィリピンは163位だ。(参照元:World Population Review

 

日本の自殺の多くの原因が、いじめや社会的圧力へのプレッシャーだ。また、「自己責任」が強く求められる社会故に、家族や友人に相談できない人が多数いることも、自殺が増える理由の1つだ。
 
事実や数字を通すと、違う姿が見える

数字を比べてみると、たしかに、日本で生まれ育った人が、フィリピン人は明るいなあと感じるのは間違いではないようだ。しかし、先進国の中でもトップの自殺者が多い日本社会の闇がおかしいということにも目を向けなければならない。とはいえ、フィリピンはアジア一番、生きづらさを抱える人がいるということにも目を向けないといけない。

 

お互いの国に、日本では暗い人ばかりで、フィリピンでは明るい人ばかりだという、単純な言い回しはできないほどには、もっと複雑で入り混じった現実がある。

 

フィリピンや日本の架け橋となって働く人、フィリピンと日本が大好きだという人には遠くに、そういう事実や数字を見ながら、社会や仕事について語ってほしいものだ。

 

私たちは、人を括って判断していいのか

どうしても私たちは、フィリピン人はこうである、日本人はこうである、と国籍や人種で一括りにして、話をしたがる。当然、数字や事実をみるよりは、肌感覚でそう思い込んだ方が、楽だし、複雑な現実に目を向けるのは面倒だ。

 

最後に、物の見方、人の見方について考えてみたい。

 

フィリピン人は、怠け者だ

日本人は、ゾンビみたいに働く

 

フィリピン人は、時間を守らないよね

日本人は、時間に厳しすぎる

 

フィリピン人は明るくて、日本人はシャイだ

 

しかし、本当にそうだろうか?ミクロに物事をみてみたり、一人一人に焦点を当ててみたら、真面目に時間を守って働くフィリピン人だっているし、時間を守らない日本人もいる。冗談ばっかり言って、明るい日本人もいるし、大人しいフィリピン人もいる。

 

何かを大きく括って物事をみて、二項対立かのようにジャッジする場面に、これまでたくさん遭遇した。そうでもしていられないと、自分の人生を肯定できない人がいるのかもしれない。しかし、そういう人は、一人一人と向き合うつもりがないように感じる。

 

人は誰もが、偏見を持っていると思う。育ちや教育によって刷り込まれた、物の見方というものを、誰もが持っている。だからこそ、自分が何かを大雑把に括って判断してしまっていないか?改めて見直したい。見直して、微調整しながら、人と関わる生き方をしていけたらと思う。