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終わりの始まり

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コラム
2019年01月04日

終わりの始まり

 

 

 

こんにちは。

 

 

この度、wexcelさんでエッセイを書かせてもらうことになりました、まちゅんすです。

つれづれを慰めながら、気ままにお付き合いください。

 

 

平成最後の大みそか

 

 

そんなことをテレビの声から聴きながら、

あなたにとって平成とはどんな時代でしたか?

 

 

・バブルがはじけて失われた時代?ーーー昭和は良かったなぁ。。。

・技術革新で便利になった時代?ーーー平成ってチョベリグじゃん!

・特に変化もない時代?ーーー欲しいもの?とくにないですけど。

 

 

それぞれ様々な思い出があるかと思いますが、

かくいう私は、日本人が世界に試されていた時代、だったと思います。

 

 

 

試された?何を?

そう思ったそこのあなた!そうです!

どっかの国から、試験を課された訳ではありませんし、

何か回答をせまられたでもないですね。

 

 

じゃあ試されていたって何よ。

分けわからんこと言いやがって!

 

と言わずにお時間下さいませ。

 

 

戦後、多くの日本人は伝統的な価値観の中で、

一生懸命に働き、生活は豊かになり、世界という社会の中で、

日本人は自信を取り戻していったのだと思います。

 

 

でもね、戦後の平和の中で生まれた人にとって、理由はどうであれ、

この自信のバックボーンてのがただの経済力で、簡単に言うと、

私たちは(お前らより)お金持ってるぜ!

だけになってしまった、と思うわけです。

そして伝統的な価値観も、その自信に取って代わられた。

過度な資本主義の弊害、それは伝統の破壊なのかもしれません。

 

 

嫌な言い方ですが、そのままずーっとお金持ちだったとしたら、

平成は安泰も安泰、オッケーバブリーな最高の時代。

めでたしめでたし。

でもそうはいかなかったのですね。

 

 

 

周辺国の台頭が大きな要因ではありますが、

日本では伝統的な価値観は失われ、

またそれにとって代わった自信も失われつつある時代になってしまいました。

結果として平成は、自信のバックボーンが崩壊しつつある日本に対して、

世界から、それでも日本人に何ができるのか、

を世界から試されていた時代だったと思います。

 

 

ですがこの試用期間も、そろそろ終わりです。

そのおごりとも言うべき、憐れな自信とも決別し、

新たな価値観の中で生きていかなければなりません。

 

 

 

今は奇しくも世界的に、時代が変わり、新しい価値観が生まれるトンネルの中。

 

 

 

あなたは何者であるのか、

その出口を自分で見つけるのか、

助けを待つのか、それともさまよい続けるのか。

そしてそれは今日なのか、明日なのか、はたまた昨日だったのか。

 

 

 

 

その出口の向こう側に、あなたはどの様な世界を描きます?