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銅像がいっぱい

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人物紹介|学校周辺案内
2016年01月15日

銅像がいっぱい

ども!

 

本日マニラは、涼しくて過ごしやすい日となっております。

 

さて、本日のテーマは銅像!!

 

というのもこのフィリピンって国は銅像が街の中にいっぱい建ってる印象があるんです。

 

道の名前が偉人の名前になっていたりして、その人の銅像が道沿いに建っていたり。

 

あ、あそこに銅像が!!

 

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ここにも!!

 

スクリーンショット 2016-01-15 11.48.38

 

またいやがった!!

 

スクリーンショット 2016-01-15 11.42.52

 

この上の銅像はうちの学校から百メートル位の場所にあります。

 

名前はパブロオカンポさん。道の名前になっています。

 

確か議員さんだったかな?

 

そしてもひとつ!!

 

スクリーンショット 2016-01-15 11.47.23

 

さ、侍!!

 

高山右近、戦国武将の銅像です。

 

ちょっと前、V6岡田君が主演の軍師官兵衛、黒田官兵衛という大河にて登場する高山右近ですね。

 

確か生田斗真が演じていました。

 

その高山右近が何故、フィリピンにいるのでしょう。

 

というのもバテレン追放令が秀吉によって施行され、キリシタン大名である右近は信仰を守ることと引き換えに領地と財産をすべて捨てることを選びます。

 

その後しばらくは日本にとどまります。そして加賀で暮らしていた右近は、徳川家康によるキリシタン国外追放令を受けて、人々の引きとめる中、加賀を退去した。

 

長崎からまにらに送られる船に乗り、マニラに12月に到着。イエズス会報告や宣教師の報告で有名となっていた右近はマニラでスペインの総督らから大歓迎を受けた。

 

しかし、船旅の疲れや慣れない気候のため老齢の右近はすぐに病を得て、翌年の1月8日に息を引き取った。享年64歳だったとの事。

 

葬儀は総督の指示によってマニラ全市をあげてイントラムロスの中にあった聖アンナ教会で盛大に行われた。右近の死後家族は日本への帰国を許され、現在も高山家がある。

 

といったWikiさんから教えてもらった知識ですが、高山右近が何故マニラへ、そして有名になったかがおわかり頂けたかと思います。

 

私もマニラの中で高山さん程ではないにしろ、せめて日本人の評判を落とさない日本人でありたいと心がけて生活していく所存であります。

 

それではみなさん、あでぃおす!!

 

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