News

おしらせ

サッカーW杯予選、フィリピンVS北朝鮮!!

2016年04月06日

ご無沙汰しております、校長です。

 

ここの所、インターン生がブログの更新をしてくれていたので甘えてサボっておりました。笑

 

早速ですが言い訳をさせて頂きますと、割と忙しかったんですよ!!本当に!!

 

新規事業に関する打ち合わせや手続き、そして雑務がちらほら。

 

言い訳にしか聞こえませんね。はい、申し訳ございませんでした。

 

さておき先週の思い出話を。

 

先週はフィリピンのサッカー代表戦をみて来たんです。

 

目の前の競技場にて、たったの200PHPで観られる国際Aマッチ!!安い!!

 

会場に入ると電光掲示板があるにはあったのですがこの通り。

 

2016-03-29 20.05.22

 

動いてないんだよなあ…

 

スタメンもわからないし時間もわからん…

 

そして席はと言うと。

 

2016-03-29 20.05.32

 

日本の市民スタジアムとかの方がマシだろうな。

 

仕方ない、200PHPの国際Aマッチなんだから。

 

負けられない戦いが、ここにあった!!フィリピンVS北朝鮮!!

 

2016年3月29日、日本がシリアに5-0で勝った日に、ここフィリピンのマニラでも熱い戦いが行われた。

 

W杯アジア二次予選、H組のフィリピンVS北朝鮮である。

 

この試合、フィリピンにとっては勝利しても最終予選に進めないため、消化試合であった。

 

しかし開始からフィリピンがホームの利もあり、押せ押せのゲームが展開されたのだ。

 

2016-03-29 20.06.08

 

正直なところ、北朝鮮の方が断然強いと思っていたので意外だった。

 

何故なら昔はチョンテセ、アンヨンハといったJリーガー達が代表に入ったりしていた北朝鮮、対してフィリピン代表はJリーグのチームでプレーできる様なレベルの選手はほとんどいない、とフィリピンのプロチームでプレーする日本人、正圖選手から聞いていたからだ。

 

事実、今回の北朝鮮代表についても少し調べてみたのだが、徳島ヴォルテスのリ・ヨンジが選ばれていた(今試合では出場なし)。

 

そして前半は終止フィリピン代表が圧倒し、間もなく前半が終わろうかと言う前半43分、フィリピン代表バハドラン選手の先制ゴールが生まれ、会場は大盛り上がり!

 

2016-03-29 21.42.36

 

観客は皆、フィーリーピーノス!フィーリーピーノス!と繰り返し叫んでいた。

 

2016-03-29 20.43.32

 

だがその4分後、前半ロスタイムに北朝鮮に追いつかれてしまったのだが。

 

そして後半、前半とは打って変わって北朝鮮ペース。

 

これは時間の問題と感じながら見守っていたのだが、その悪い予感はすぐに当たってしまう。

 

後半開始3分で北朝鮮の逆転ゴール。

 

そしてこのまま終わると会場全員が考え始めたであろう後半39分、フィリピン代表オットー選手のゴールで同点に追いついたのだ!!

 

よくやった!!同点で終われば大したもんだよ!!

 

だがこの試合、ここで終わりではなかった

 

更に押せ押せムードが強くなり、ひょっとしたらゴールが生まれるのではないか、という雰囲気が会場を包む。

 

フィリピン人の観客達は、益々盛り上がり、これぞホームだ!!と言わんばかりの声援で北朝鮮選手達を飲み込む。

 

そしてとうとう、ピッチの脇ではアディショナルタイムを提示する掲示板が掲げられ、後半のロスタイムに突入したのだが…

 

その時、歴史は動いた!!!!!!!

 

なんと劇的、フィリピン代表ラムジー選手が逆転ゴールを決めたのだ!!

 

 

このときのスタンドは割れんばかりの大歓声で覆われ、ただでさえ暑いこの国の中で一番の暑さを誇った事だろう。

 

サッカーフィリピン代表、「アズカルズ」について

 

そもそも、この「アズカル」って何なんでしょう?

 

フィリピン人従業員に聞いてみた所、アズの部分は犬、カルの部分は道という意味だそうで、要は野良犬ですね。笑

 

ちなみにラグビー代表の愛称はボルケーノズ。こちらは、わかりやすいですね。

 

さておき、アズカルズについて少し調べてみた。

 

すると面白い事実が!アズカルズにとっての最大点差での大勝、大敗の相手は両方とも我が日本らしいのです。

 

大勝したのは1917年5月10日に15-2で日本に勝利、ほぼ一世紀も前の話だ。

 

対して大敗は1967年9月28日に15-0で日本に敗北。

 

FIFAランキングは大体170前後が平均的なフィリピン代表のレベル。

 

そしてメジャーな選手がフィリピンサッカー界の過去にいたわけがない、と高をくくっていたのだが、とんでもない。

 

いたんですってよ、奥様!!凄い選手が!!

 

名波、カズ、中田、中村、本田の名前が霞んで見える程のビッグネーム。

 

ジーコ、ゾラ、マラドーナ、ストイコビッチ、ベルカンプ、クライフ、ジダン、ハジ、メッシ、それとここに同列で並べてしまうと批判されそうなので前置きをいれますが、個人的に好きな井原に並ぶ程の選手だ。

 

彼の名はパウリノ・アルカンタラ、1900年代初頭にあの泣く子も黙るFCバルセロナで活躍した選手である。

 

12966005_10209632884757790_1462270280_n

 

それも活躍というレベルではなく、クラブのレジェンド的存在であり、あのメッシの次にバルセロナ史上ゴールを決めた男で、欧州を活躍の場としたアジア出身選手のパイオニアだ。

 

更には引退後にスペイン代表監督も務めたとの事である。

 

ただし、この人が最初で最後のフィリピンサッカー界のビッグネームだが…

 

また、国籍こそフィリピンではあったが、残念な事に彼は純血のフィリピン人ではなく、父がスペイン人の為ハーフなのだ。

 

現在のアズカルズにも多くのハーフ選手がおり、現に先日の試合でゴールを決めたオットーとラムジーは共にハーフ。

 

12968541_10209632883757765_267722018_n

 

まずはこのオットー選手だが、ドイツで生まれたドイツ人の父を持つフィリピンとドイツのハーフである。

 

12939278_10209632884397781_1308149580_n-2

 

次にラムジー選手。この方はオーストラリア生まれでスコットランド人の父、フィリピン人の母を持つ三つ位の国籍を取得する権利がありそうな複雑な生い立ちだ。

 

スクリーンショット 2016-04-06 14.23.38

 

そして佐藤大介選手。日本人の父とフィリピン人の母をもつハーフだ。昔は浦和レッズのユースに所属していたらしい。

 

と、この様に代表にはハーフの選手が沢山いるのだ。

 

これはラグビー代表も同じで、クラブチームの様に多人種の選手がプレーしている。

 

さて、これだけの情報を調べるのに結構、時間がかかってしまいました…

 

ではでは、あでぃおす。

 


もし面白いと思ったら下のリンクをクリックして下さい!!

ブログランキングが上がるので嬉しいです。