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「やりがい搾取」と自分の価値、お金の話

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コラム
2020年06月27日

「やりがい搾取」と自分の価値、お金の話

この間、ある人と「いくら給与を得るのが、今の自分にとって妥当なのか」というような話になった。何を基準に「妥当」とするのかは人それぞれ、会社によって異なるかもしれないが、経験値やスキル、売り上げ成績などから大体最低額がどれくらいかというのは想像がつく。
 
今の日本社会では、良くも悪くも「価値」の定義がお金だけではなく、幅広くなった。お金だけでは測れなったからこそ、人の価値についての共通認識を持つことが難しくなったと思う。
 
人の価値について考えなければいけない場面は色々なところであるが、今回は仕事における価値について考えてみたい。
 
まず、大前提として、なぜ今の日本社会において「価値」はお金だけじゃなくなったのかみていく。おなじみの「マズローの五大欲求」によると、人間の欲求は以下の5段階に構成されている。低次の欲求が満たされると、どんどん上を目指すようになる。
 

(引用元:モチラボ
 
経済的に社会が成熟し、基本の衣食住が手に入るようになった。今の日本社会では、基本的に3段階目の社会的欲求以上のものを、人は持つようになる。この社会的欲求以降は特に仕事において得られるものだろう。
 
一人では生きられない、コミュニティに所属することで安心感を得られる「社会的欲求」、人に褒められる、認められることで満たされる承認欲求をあらわす「尊厳欲求」、そして自身の夢や目標を実現させる欲求「自己実現欲求」。これらは、近年よく耳にするようになった「好きなことで生きていく」つまり、好きなことを仕事にして、自身に合った働き方ややりたいことができる会社で働くといったことで満たすことができる欲求だ。
 
これまでの社会では低次の欲求を満たすために人は働いていた。今では働く理由が変わってきた。これをうまく利用しようとする会社がやるのが「やりがい搾取」だ。
 
「やりがい搾取」とは、会社側が働き手に対して「やりがい」を与えるものの適切な給与を与えずに労働力を安く利用することだ。
 
かくいう私もよく「やりがい搾取」をされたものだ。社会に貢献したいという強い思いを持つが故に、お金がもらえないまま働いたものだ。当時は気づかなかったが、これはおかしいことだと、今の私は思う。
 
特にものすごいお金持ちになりたいとか、豪邸に住みたい、ブランド物がすごい欲しい!という欲はない。そして働く目的がお金であるべきだとも思っていない。しかし、法外な長時間労働や低賃金は人のその人の価値基準を狂わせるし、さらには本末転倒なことを起こしていると思う。
 
「やりがい搾取」でお金を得られないが故に困窮し、食事を十分に摂れていない人や風邪を引いても薬が買えないような人もいた。(私もそんな時期があった)
 
それは総合的に見て、自身が提供している価値(労働時間や売り上げ、スキルなど)に対して、対価をしっかりと得られていない。現代のシステムに乗っ取っていれば、基本的にそのようなことが起きるはずがない。そして、そのような苦労を強いる会社は、間違いなく良い会社ではない。
 
もちろん、最初から自身が価値を十分に提供できない場合もかなりあるが、そういう場合は投資してもらわなければならない。本を買えたり、仕事が効率よくなるツールの購入など、さらにいえば健康であるための栄養価の高い食事を買うためのお金など、1つ1つに投資することが、来月、来年、数年後の会社の大きな利益になる可能性がある。逆に言えば、人財のために十分な投資ができてこそ、会社は成長できる。
 
特に学生には「インターン」という名のやりがい搾取の罠が多くある。無給だったり、最低賃金に乗っ取っていなかったりする。間違いなく、やりがいも労働に対する正しい支払いもしてくれる会社はある。(私は学生の頃にそんな会社に出会えたし、思っていたよりもたくさんそういう会社はあった)
 
さて、少し話が逸れたが、つまりは「やりがい搾取」を通じて人に対する給与の基準を歪ませて、それをやりがいだけで埋めようとする構造が実際に生まれている。

   
経験値や知識が増えていけば、人の価値は上がっていくはずだ。年齢を重ねることによって自然に増えていく場合もあるが(それで年功序列というシステムもできた)、勤勉だったり、経験の積み重ねで若くしても価値が高い人というのはいる。
 
日に日に上がっていくはずの価値だが、このやりがい搾取や自己実現欲求を重視しすぎると、これが上がっていかない。いつまでもいつまでも、「お金が安くても、やりがいがあれば!」という基準でやっていくと、低い価値基準のまま社会を泳がされる。「この人は安く使える人なのか」もしくは「この人はこの程度(給与)なので、そこまでバリューを出せる人ではないのか」と思われると、その無限ループになる。
 
運良く、やりがいとお金のバランスが取れるようになった今思うのは、「お金は大事」ということだ。最低限の衣食住を満たせること、家族や友達と楽しい時間を過ごせること、美しいものに触れたり、出会う旅に出ること、これがやりがいを増やしていくし、やりがいの上で結果を出すことに貢献してくれる。
 
最後に、誤解のないように書いておきたいが、基本的に人の価値を放漫に図るべきではないと思う。経営者や人事など、その立場に立った場合にのみ、人のことを「価値」という基準でみることになるだろう。ただし、自分に対しては常に「価値」という基準でみることが大切だと思う。スキルは十分か、会社を成長させているかどうか?自分をよく観察してみたい。
 
まあ、そういう価値観を持っている人に限るのだろうけど。